金野 滋氏

去る2007年4月1日、DRC名誉顧問・財団法人日本ラグビーフットボール協会名誉相談役、金野 滋氏(S22卒)がご逝去されました。
享年84。
金野先輩は、1969年に日本ラグビーフットボール協会理事に就任された後、専務理事、副会長を歴任され、1995年には第11代会長に就任、2000年まで務められました。
1985年には英国のエリザベス女王から、英国発祥のラグビーをアジアに広めた功績で大英勲章を授与され、1963年から1990年まで日本代表英国遠征3回とNZ遠征4回の団長、第1回、第2回のワールドカップでも日本代表チームの団長を務められました。1991年から2000年まではIRB常任理事。2001年には、日本協会名誉会長、2005年からは名誉相談役として日本ラグビーの発展に貢献されました。
ここに金野先輩の永年の功労を称えますとともに、いつまでも天国から我が同志社ラグビーを見守っていていただきたいと思います。
以下は、4月9日に増上寺・光摂殿にて執り行われました葬儀・告別式での久米DRC名誉会長の弔辞を掲載させていただきます。

弔 辞
謹んで金野滋君のご霊前にお別れの言葉を捧げます。
金野君、お別れの言葉を申し上げようとして万感の思いが込み上げてくるのを抑えられません。
君との出会いは、昭和17年の春に同志社のチャペル近くのラグビー部の入部受付の場所だった。あの今出川の固いグランドで、スクラム、ラインアウト、タックルと、あの厳しい練習によく頑張ったな。思えば、花園にて昭和16年の11月16日に、恒例の京都大学の定期戦で対戦して、29−3で同志社が負け、これより20日余りの後に真珠湾奇襲、対米英宣戦布告となり、苦難の時代に入りました。そして、昭和18年12月1日の学徒出陣を目前に戦前最後の公式戦となったのは、同年10月17日、京都大学グランドで行われた。京大戦で14−10の大接戦で京都大学が勝ち、この試合をもって同志社の戦前の試合の終止符を打ったのです。あれからもう60有余年、兵隊に行っていた2年間を除き、君との付き合いは絶えることが無かった。今から思うと、歳の近い兄弟のような関係だったと思います。
終戦になって、君が北海道に行ってしまった時に早く学校に帰ってきて、ラグビー部を立て直そうと言って呼び戻してからが大変だった。極度の物資不足と荒廃した世相の中で、20年12月2日、京都大学グランドで定期戦を戦後初めて再開し、11−9で同志社が負けて以後、現在まで定期戦が綿々と続いております。
金野君は、小学生の時代にロンドンに住んで家庭教師から英国紳士の教育を厳しく受けてこられたのです。君は心の底からラグビーを愛し、日本ラグビー協会会長を務め、世界との交流を深めて国際化に大きな業績を残し、日本ラグビー界に大変貢献されました。1966年に日本チームとして同志社大学の本格的なニュージーランドの遠征を行えた事は、金野君の力無くしては出来ない事でした。我々同期の者は、金野君の活躍を見て、何時も誇りに思っておりました。
又、僕が西田先輩の後を受けてOB会長に推薦された時、色々とアドバイスをして頂き、心から感謝をしております。特に90周年記念行事の時は、22年卒の同期の先頭に立ち、物心両面にわたって応援をして頂き、持つべきは友であるとつくづく感じました。
君が何時も心配していた同志社の現役の事は、君の亡き後、我々OBは出来る限りの支援をして、大学選手権3連覇の時の同志社黄金期をもう一度再現を目指します。君も大空から皆を見守っていて下さい。
金野君、かけがえのない友情と、想い出をありがとう。
辛いけど最後のお別れを言わなければなりません。
さようなら、どうか安らかに。合掌
 

同志社ラグビークラブ
名誉会長 久米 淳介

【金野 滋氏のラグビー関係経歴】
財団法人日本ラグビーフットボール協会 名誉相談役

1946年 同志社大学でロックとして活躍。
1952年 オックスフォード大学が初来日した際、リエゾンオフィサーを務める。
1968年 タイのChaloke Komarakul氏および香港のヴァーノン・ロバーツ氏と一緒に、アジアラグビーフットボール協会を設立し、事務局長を務める。
1985年 アジア協会専務理事に就任。
1992年 アジア協会名誉議長に就任。
1969年 日本協会理事に就任。
1972年 日本協会専務理事就任。
1994年

日本協会副会長に就任。
この間、1985年には英国のエリザベス女王から、英国発祥のラグビーをアジアに広めた功績で大英勲章(OBE)受賞。

1963年−1990年

日本代表英国遠征3回とNZ遠征4回の団長。
第1回、第2回のワールドカップ日本代表チームの団長。

1991年−2000年

IRB常任理事。

1995年−2000年

第10代日本協会会長

2001年

日本協会名誉会長就任。

2005年

日本協会名誉相談役に就任。
 
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